ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 組織でさがす > > シン・タカハマ物語 ~Story of Takahama~ 原作小説紹介

本文

シン・タカハマ物語 ~Story of Takahama~ 原作小説紹介

 現在、市民映画「シン・タカハマ物語 ~Story of Takahama~」の制作を通じ、こども・若者の成長を応援する取組みを、Kids Now(きずな)実行委員会が実施しています。

 「シン・タカハマ物語 ~Story of Takahama~」の原作となる小説の募集が、2023年に行われ、大賞1作品、準大賞2作品、佳作10作品が選ばれました。

 大賞作品は、「シン・タカハマ物語 ~Story of Takahama~」が完成したときのお楽しみですが、大賞作品以外の準大賞や佳作の作品もとても面白い小説ばかりでした。

 せっかくなので、準大賞や佳作を受賞された作品を毎月、順に紹介していきます。

 
タイトル 広報掲載号
真夏の世の夢。 令和7年6月号
余命士〜拝啓、お父さん、お母さんへ。僕は自分の名前が大嫌い〜 令和7年7月号
大山緑地の大タヌキ 令和7年8月号
時を超える瓦工房 令和7年9月号
八幡社の不思議 令和7年10月号
私とタカハマととりめし 令和7年11月号
ユメと夢~あなたには守りたい人はいますか? 令和7年12月号
僕と夢来が奏でる未来 令和8年1月号
翔んでタカハマ 令和8年2月号
みんな食堂、本日開店! 令和8年3月号
光と夢と 令和8年4月号

 

真夏の世の夢。

作者:横井マリ

ああ、最悪。マジ、むかつく…。

ペア航空券を当てた母は、夏休み中、僕を父方の祖父母に預けるという暴挙に出て、父と二人 きりで海外へ出かけてしまった。茫然自失の僕を見かねて、祖母がスタンプラリーのチラシをくれた。

この吉浜地区には人形小路という通りがあり、細工人形を巡るスタンプラリーができるらしい。

「何してるの?」

声をかけられたのは、大きな雛人形屋の裏手で、吉浜慈母観音堂と書かれた建物を眺めていた 時だった。その建物は、川の上に張り出すような、不思議な造りだった。

「船宿みたいだろ?」

「え?」

「昔はここが海岸線で、伊勢湾台風の時は、そこの郵便局まで水に浸かったんだ。」

次から次へと疑問が沸くが、少年の目に引き込まれた。僕は、この目を知っている?

「案内するよ。」

「高平公園は、ちょっと苦手だ。」

恐々しい龍の置物が並ぶ公園を横切る。蝉の声が降り注ぐ散策道を抜け、うどん屋とコンビニ がある二股の交差点を右手へ。高架を潜ると、川の音と女性達の声が聞こえて来た。

「あら、赤は元気?」

「はい、お陰様で。」

段差のある川の上段に野菜を洗う中年女性が二人、下段で布おむつを洗う女性の背中には、赤 ん坊が眠っていた。

「ダンダン川。共同で使う洗い場だよ。」

そこから道を右に逸れると、川に丸太が浮いていた。

「貯木場だ。」

どこからか少年たちが現れ、丸太に乗って遊び始めた。みんな坊主頭にランニング&短パン。 なんだか昭和の写真みたい。

「やろう。」

「え?」

腕を引っ張られて上った丸太は、不安定だが、浮遊感もあって楽しい。誰かが棒を投げてくれ て、バランスが取りやすくなる。

「よし、競争だ。」

みんなが一斉に動く。途端にバランスを崩して川へ、ドボン。笑い声と白熱戦は、夕暮れまで 続いた。

「どこ行ってたの!」

ずぶ濡れの僕を、祖母はカンカン声で迎えてくれた。多くを語れば、もっと怒られるはずだ。 咄嗟に嘘が出る。昭和ボーイズ達が、いたずらっ子のように舌を出すのが目に浮かぶ。

「フフ。」

思わず吹き出す。無口な爺さんが釣竿を触る手を止めて、チラッとこちらを見た。

その日から、僕は毎日のように彼らと遊びに出かけた。例の、龍のモニュメントが並ぶ公園で 缶蹴りをしたり、ダンダン川でずぶ濡れになったり、ハゼを釣ったり…。昭和な遊びが続いたけ れど、田舎だからと目をつぶって。

「次は、明石の海を目指そうよ。」

吸い込まれる目の少年が言う。松並木と砂浜があり、岩ガキも採れるらしい。

「ちょっと遠いから、ラクしよう。」

提案は、こうだ。土管か瓦を積んでいく牛車の荷台にこっそり飛び乗り、海を目指す。今どき 牛車? という疑問と、どんなものなんだろう? という好奇心が交差する。

土管に隠れ、牛車が通り過ぎるのを待つ。

「行くぞ、今だ!」

その一台に、一人がこっそり登った。嫌がるように牛が肩を振る。操る大人は、気付かない。 いたずら坊主達は、次から次へと、牛車や馬車に飛び乗ってのんびり南下していく。

「君の目は、変わらないね。」

いつのまにか少年が、僕の目を覗き込んでいたようだ。

「僕の目?」

「同じだ。…驚いた。」

何の話かと聞こうとしたが、

「逃げろ!」

無銭乗車がばれたようだ、みんな一斉に松並木に向かってかけていく。その先には砂浜が広が っているのだろう。

「おい、退屈だろう。魚釣りにでも行くか?」

縁側で転寝していたようだ。爺さんが、寝転ぶ僕を覗き込んでいる。

そこは、昭和ボーイズらと来た堤防だった。

「ハゼが釣れるんだ。」

「知ってる。」

疑問顔の爺さんをはぐらかして背を向けると、昭和ボーイズの一人がべそをかいて立っている のが見えた。

「姉さんが嫁に行くんだ。」

いつの間にか、あの目の少年が傍らにいた。お菓子をばら蒔く紋付き袴の人達、それを拾う人々。 賑わいの中、花嫁が出てきた。べそかき少年に話しかける。少年は目をこすり、鼻をすすってか ら、大きくうなづいた。花嫁は仲人らと一緒に渡し場から船に乗り込み、ゆっくり川を渡っていく。

その夜、爺さんはまた釣竿の手入れをしていた。そして、こう切り出した。

「昔話をしてやろう。」

吉浜村の高平に住む長者に、美しい娘がいた。縁談を進めるが首を縦に振らず、好きな男がい ると言う。誰も見たことがないその男を不審に思い、長者は糸を通した針を娘に渡して、こっそ り男の袖にくくらせた。

「翌朝、糸をたどると竜田川の淵で、糸が絡み、喉に針が刺さった蛇がいた。」

長者に呪縛を解かれ、逃げて行く蛇。その目には、涙で滲む僕の目が映っている。

「明日、こいつを持っていくかい?」

爺さんは、テグスを通した針を手にしていた。

今日は、壁画のある坂道に集まることになっていた。この町を象徴する赤土の土管と黒土の瓦 で作られた壁画は、西日に照らされ熱くなっていた。もうすぐ、昭和ボーイズに会える。あの少 年も来るだろう。

テグスのついた縫い針は、置いて来た。夏休みは、まだ終わらせたくないから

(*原文ママ)